2007年6月
平成19年6月
  185号

発行人 片岡和男
編集人 岡本拓雄
岡山市日中友好協会訪中団
洛陽市緑化協力植樹・「日中友好桃園」開幕式参加
『日中友好桃園』が開園!
 5月15日、洛陽市の黄河沿いの山村で『日中友好桃園』の開園式が、洛陽市政府や地元の中学校の生徒、農民そして日本から訪中した岡山市日中友好訪中団のメンバー18名を含め、約100名が参加して盛大に行われた。式典では、地元を代表して挨拶に立った洛陽市孟津県長の王永興氏が、岡山市日中友好協会の長年にわたる緑化協力支援と地元農民の協力を称えた。また訪中団を代表して片岡和男協会長が、友好のシンボルとして日中合作による桃が、立派に育ち、産地化して地元の利益に役立てば幸いと大きな期待を表明した。

 この桃園は、2005年から協会が洛陽市人民対外友好協会をカウンターパートナーとして実施している「洛陽小浪底緑化協力事業」の一環として、良質な日本の品種を洛陽の在来の桃の枝に接木し、桃の産地として有名な岡山の生産技術を活かして、昨年より準備を進めてきたもの。本年は秋に摘果と剪伐をして、来年の夏の収穫を目指している。

 なお、この事業は日本政府の外務省などが日中国交正常化三十五周年の記念事業として実施している『日中文化・スポーツ交流事業』に、岡山の団体としては初めて認定されている。

協会訪中団植樹に汗を流す
 日中友好桃園の開園式を終えた訪中団は場所を今年度の植樹地域に移動し、植樹作業に取り掛かった。作業現場は急な斜面の道を500メートルほど下ったところにあり、参加者の中には山道をすべりころげる人もいたほどの丘陵地だった。現場には既に地元農民の方々が、苗を運んでいて、団員はその苗を一本一本丁寧に、植えていった。2時間ほどの作業で、230本の苗を植え付け、作業を終えた団員たちが農民等と写真を撮ったり声を掛け合ったりして交流を深めた。

 この苗は、栗やドングリの苗で、今年の3月に種からポットで育成したもの。今期26.7ヘクタールの植林計画の中で、槐や女貞などの樹種の間に植え付けていく予定で140キロの種を準備して苗を育成している。

洛陽市関係者への表敬訪問
 昨年春、岡山市民訪中団(高谷市長団長)が洛陽市を訪問した時、両市の市長が友好都市凍結解除という歴史的な宣言を行なったが、その時の洛陽市長である連維良市長が党の総書記に就任し、新しい市長に郭洪昌氏が就任していたため、協会訪中団は新市長への会見を希望していた。

 ところが、洛陽市に入ると、前市長も会見するということになり、夫々30分ずつ人民政府ホールで会見した。連総書記も市長も協会が順調な時も困難な時も一貫して市民交流を継続してきたこと、特に緑化事業では日本政府の緑化交流基金の助成を受けるなど大きな成果を挙げていることを讃えた。そして、高谷市長に再び洛陽を訪問するように伝えてくださいと、片岡会長に委託した。

 また、その夜は日本の議会にあたる人民代表大会(人大)の石海欽主任が歓迎宴会を主催するなど、文字通り熱烈歓迎であった。中国の市では、党書記、市長、市人大主任が市のトップ3で、今回はそのトップ全員と会見したことになり、異例の扱いと言っても過言ではない。洛陽側の手配責任者である方双建外事弁公室主任も『洛陽市民の協会への友好の表れ』と大いに評価していた。

承徳観光           (片岡和男)
5月12日
 専用バスで約4時間30分で、承徳市へ。承徳市は人口300万人。有名な避暑山荘に行く。清の康煕帝が1703年に着工し、約90年後に完成したもので、蒸し暑い北京の夏を避けて、皇帝は御輿に乗って半月かかって来て、5月から9月まで、政治を行っていた。569万平方mの敷地に110の建物があり、自然景観に基づいて、湖沼、樹木、宮殿の建物など。歩くのに約3時間。

5月13日
 避暑山荘の周囲に建てられたチベット仏教(ラマ教)の寺院群は外八廟といわれ、18世紀の建立で、当初は8ヶ所に11の寺廟があったが、現存するのは7つである。民族融合促進の目的があったためで、当時の政治と密接に関係している。先ず、訪問参拝したのは普寧寺で、乾隆帝が建立した寺院で、新彊、蒙古の部族の反乱を鎮圧した勝利を祝い、天下の安寧を意味する寺院名としたと。寺院は漢民族様式、チベット様式で建てられている。有名なのは大乗之閣である。この仏教建築は完全な「曼陀羅」が構成されている。高さ37.4mの大乗之閣の中には金漆の千手千眼観音菩薩が安置されている。高さ22.28mで、五つの木で、110トンの木材が使われた世界最大の木彫りの仏教である。手のひらには眼がついていて法器を持ち、この仏像は多くの知恵と限りない神通力を象徴し、衆生を済度することが出来ると言われている。この観音像の写真と解説が「人民中国」昨年9月号に掲載されていたのが印象に残っていた。

 次に訪れたのは、普陀宗乗之廟でチベットのボタラ宮を模して造られた寺院で、外八廟のうちでは一番大きく雄壮な廟である。1770年は乾隆帝が60歳を迎え、翌年は母親が80歳を数える年であった。山頂の大紅台は主要建築で、色彩豊かな壁面には、六つの瑠璃製の佛がはめ込まれている。

5月16日
 専用バスで、洛陽の南東70qの登封県にある少林寺に向かう。中国五大名山の一つである嵩山は大室山と小室山からなり、起伏に富んだ峰が林立し、その中に72の廟や寺院があり、少林寺はインドから渡来した達磨大師が禅宗を伝えた寺で有名であり、山門を経て文殊殿、地蔵殿に参拝した後、歴僧侶の墓である塔林へ。いろいろの造形の塔が220ある。あと、少林寺拳法の実技を見学した。

「人民中国雑誌社」と交流会  (坂本佐和子)
 協会訪中団の一行は「洛陽小浪底緑化事業」と「日中友好桃園開幕式」参加のために2007年5月11日から17日まで、中国に滞在した。

 5月13日の夜、私達は永年にわたって深い親交のある「人民中国」雑誌社の徐耀庭社長と王衆一総編集長に会った。「人民中国」は創刊五十余年の歴史を持ち、日本語で書かれた唯一の中国の公的月刊誌だ。この本を通して両国の交流が深まり、相互理解の重要な役目が果たされてきた。

 会場は北京の新北緯大酒店で「人民中国」雑誌社編集委員の元朝日新聞論説委員の横堀克己氏と夫人。同じ元朝日新聞論説委員の西崎建策氏と夫人が同席された。

 先ず徐社長の挨拶。「『人民中国』誌を通して両国の友好と信頼は深まっている。これも皆様が長年、愛読してくださっているからで感謝している。これからもよろしく。」

 どこで日本語の研鑽をされたのかと、そのイントネーションと言葉に魅了されてしまった。

 つづいて身長190センチ、体重85キロの堂々たる、劉備玄徳を守る勇将関羽の如き王衆一総編集長の挨拶。

 「両国政府の交流も大切だが、私達のこうした民間交流の方がよほど重要である。相手の思いを理解しあい率直に話し合えてこそ、両国の発展につながる。」と。

 王総編集長の話される日本語の洗練された美しさにも圧倒された。お二人の日本語はラジオで聞いたら日本人が話していると思うだろう。北京大学は語学教育でも優秀なのだ。

 各テーブルは和やかな雰囲気に包まれ、名酒の芳香があたりに漂う中で北京ダックはじめ山海の珍味が次から次へと運ばれた。私のテーブルには知的で美しい横堀夫人。すぐ横は風雪に耐えて自己を磨いた温厚な西崎氏と優美な夫人。横堀夫人の発言があった。

 「北京に10年も住むが、日本人であることで差別を受けたことは全くない。スーパーでもどこでも中国の人はやさしい。」と。私も中国の人の心の豊かさと、その大地をはじめすべてのスケールの大きさに感動していた。そこで承徳の避暑山荘のことを話した。

 「清朝の康煕帝や乾隆帝の夏宮は、頤和園の四倍もあり麗正門の石の額には漢族、満州族、チベット族、モンゴル族、ウイグル族の文字が刻まれていて各民族との融和を図っている。四知書屋には皇帝が日常使った磁器、置物など高貴な芸術品が展示されていて見飽きない。西太后も住み、遺品があった。何より10キロにわたる城壁、湖水と庭園の雄大さに山荘よりも山村を感じた」

 すかざず横堀夫人は言われた。
 「二年前の人民中国誌に、避暑山荘の特集があるがあれは私共が進言した」と。世界遺産のそれは写真つきで詳細であった。別れる時「今晩は本当に楽しかった」と横堀夫人と西崎夫婦。

 徐社長と王総編集長の握手も温かった。

友好訪中団に参加して                                    山本 直樹
 岡山市日中友好協会友好訪中団一行18名は5月11日より17日までの7日間、承徳(北京の北東部約250q)にある世界遺産の承徳避暑山荘・外八廟、金山嶺(万里の長城)、北京の胡同、洛陽の龍門石窟・白馬寺、少林寺などを観光した。そして洛陽において、連維良総書記および郭洪昌市長を表敬訪問し、孟津県小浪底での「日中友好桃園」開幕式に参列した後、桃の苗木を植えた。地元新聞゛洛陽日報゛の5月15日版に「岡山日中友好協会訪中団の来洛」、翌日には「訪中団一行の友好の植樹」の記事が掲載され、その中で我々訪中団は「18人の老人一行は最年長84才、最年少50才程度」と紹介された。

 北京からバスで約4時間、途中、万里の長城「金山嶺」を見て承徳に着いた。「避暑山荘」とそれを取り巻くようにチベット仏教の寺院が立ち並ぶ「外八廟」の雄大さは、清朝皇帝の偉大さを今にとどめているようであった。現地ガイドのLさんは大きな声できびきびした案内をする人で、彼女に引っ張られながら避暑山荘の宮殿と庭園を見物するがその広さにくたびれた。夜、チベット仏教の舞踊を見て、神秘的な世界と迫力ある踊りに感動した。翌日、遠くに人の親指の形をした「磬錘峰」を見ながら、世界最大の木造仏を安置した「普寧寺」とチベットのラサのポタラ宮を模した「普陀宗乗之廟」を見物する。坂道、階段が多く、また、気温も高くなったため、途中で見物をあきらめ引き返す人もいた。

 承徳から北京に戻る途中、「金山嶺長城」をロープウェイで登る。観光客も少なく、一人長城に立って山並みの中に延々と続く長城を眺めていると、地元の女性が絵葉書を売りに来た。周囲を見渡すとどの観光客も地元の女性に捕まっている。何度も断ったが、帰りのロープウェイを降りた時、山道を急いで下山して汗びっしょりになった姿で待ち構えているのを見て買ってしまった。

 北京の街は来年のオリンピックのためか建築中の建物が目立つ。我々が泊まったホテルも改装中で迷路のような通路を歩き回った。14日の朝、故宮の北側にある「胡同・四合院」を見物した。人力三輪車に乗って胡同へ行き、実際に生活しているWさんの部屋に入り込んで話を聞き、いろいろなものを見せてもらった。

 孟津県小浪底は私にとって2年半ぶり、2回目の訪問であった。バスで「日中友好桃園」開幕式会場に向かう道中、゛丘の緑が前回に比べて増えている!゛と感じたが、よく考えてみると前回は11月で今回は5月、季節の違いによるものであろう。開幕式会場に着くと地元中学生50人ほどを含む多くの人が集まっていた。我々を見る中学生の目は輝き、我々に手紙を差し出す中学生もいた。開幕式の後マイクロバスで近くの農家の前に移動したが、子供の頃を思い出させる農村風景が広がり、牛小屋のあの懐かしい臭いも漂ってくる。ここからは丘の斜面全体を見渡すことができ、一面見事な段々畑になっている。桃の苗木を植える場所は急勾配の畦道をかなり下ったところで、農具を担いで20分ほど歩く。気温30度を超える暑さの中、地元の人と一緒になって約200本の苗木を1時間あまりで植えた。植え終わった畑から農家までは汗をかきながら時間をかけて登った。数年後、成長した木に実がなる頃、再度ここに来て、それを確かめたいものだ。

平成19年度 第2回理事会開かる
 4月26日(木)14時より、協会事務局で本年度第2回目の理事会が開かれた。出席者は8人。事務局から提案された「日中友好促進ウィーク」の企画案について討議した。

【日中友好促進ウィーク】
1 日程
 10月〜11月にかけて1週間

2 内容
  目的
  • 日中国交正常化三十五周年を祝い、民間交流の大切さをアピールする。
  • 岡山県下の友好団体の横のつながりを強化し、県民市民ぐるみの友好を促進する。
  • 政府が主導している「日中文化・スポーツ交流年」協賛事業とする。
  • それぞれの行事を主管する団体を決めて、責任を持って実行する。
  • それぞれの行事について、実行委員会は各組織に呼びかけて参加協力する。
  • 共通経費(チラシ・ポスターなど)の分担をする。
3 主催
 「日中友好促進ウィーク」実行委員会(参加呼びかけ)
 友好都市関係を結んでいる都市(岡山県、岡山市、新見市、吉備中央町、浅口市、美作市、和気町、玉野市、倉敷市)・日中友好団体(岡山県日中懇話会、岡山県日中教育交流協議会)
@ 友好交流パネル展示
A シンポジウム「これからの日中民間交流のありかた(仮称)」
B 中国映画祭
C 物産展
D パネル展示
E 書画展
 次回の理事会までに、各自具体案を作って事業を促進することになった。

洛陽だより@                             洛陽大学研修生 安井 美那子
学校生活
 学生の生活は朝が早く、中国人の生徒はみんなだいたい6時かそれよりもっと早くに起床している。彼らは朝、6時半から教室に行って音読をしなければならないので本当に規則正しい生活を送っている。6時から6時半まで部屋の掃除をし、6時半から7時まで音読をする。8時から授業があるのでそれまでに朝食をとり、学校の準備をする。毎日、私が住む宿舎から教室に行くまでの間に、ある生徒は外の芝生で本を読み、ある生徒は中国語の本の暗唱をし、またある生徒は大声で英語の音読をしている、という光景をみる。朝から本当に凄い。中国人の学生の勤勉さには本当に感心させられる。実習室という部屋があるのだが、そこも朝から人でいっぱいである。朝起きる事に慣れたら中国の学生たちを見習って、学生たちと同じように、朝、もう少し早くに起きて中国語を音読したいなと思った。

二胡の授業
 私は中国の伝統文化に、とても興味をもっている。そのため週に1回、二胡の授業を受けさせてもらっている。先生と一対一の授業であり、初めて触った二胡は第1回目の授業の時は、全くよい音がでなかった。ドレミファソラシドの音も引くことができなかった。初めはドレミファソラシドからの基礎練習であった。とても難しい。二胡の先生は「さくらさくら」を演奏してくれた。とても素晴らしい音色に感動した。二胡の先生は私に最終的には「さくらさくら」を引くことができるようになると言ってくれた。それが最終目標である。日々の練習が大切なのでこれから毎日二胡の練習(ドレミファソラシド)300回の宿題を与えられた。伝統楽器を通じて中国の事をより深く知るということも大切なことである。とても貴重な経験をさせてもらっていると感じている。

サークル活動など
 洛陽大学には10以上のバスケットコート、数えることができない位の卓球台、2つ以上の大きい運動場、バレーコートがある。またビリヤードの台まであるので本当に驚いた。スポーツをするのには最高の環境である。中国の人たちは本当に親切で、見ず知らずの私がバスケットボールを一緒にしようと言うと一緒にやってくれる。本当に温かい人たちである。誰とでも仲良く楽しく過ごすことができるということは本当にすごいことである。本当に感動する。授業が空いている時、放課後など、運動をして汗を流している人が多い。多くの男子学生が卓球、バスケ、サッカー、バレーをしていて、女子学生はバトミントンやバレーを主にやっている。日本の大学はこんなスポーツができる環境ではないので本当に残念に思う。広大な国、中国であるからできることなのだと思った。スポーツを通じてもたくさんの友達を作り、友達の輪を広げていくことができたらと思う。

親善活動
 中国の学生たちは日本語にとても興味を持っている。彼らは積極的に日本語を話そうとして私に近づいてきてくれる。彼らは流暢な日本語を話し、私は、つたない中国語を必死に話している状態だ。私の部屋に日本・岡山コーナーを作り、学生が部屋に入ってきた時に紹介できるようにしている。けん玉・お手玉・紙風船・日本の昔話の本・富士山や桜などの絵葉書・岡山のパンフレット・後楽園の絵葉書・桃太郎の人形・若者の最近の雑誌等にとても興味をもってくれている。あるとても熱心な学生には日本の昔話の本、小学生位の子が読む中国の歴史の本を貸してあげた。岡山、日本にとても興味を持ってくれたようだ。

シリーズ洛陽(5) 緑化で杜の都に
 岡山の空が黄砂現象に包まれた。中国の砂漠から飛んできたというが、本当は黄土地帯の田圃で耕された土埃が季節風に舞上がったものだろう。

 河南省は一部水田地帯だが、洛陽市辺りは、黄土砂漠化が進んでいる。これをくい止めることが地球環境の保全に必要である。

 むかしの洛陽は緑樹が生い繁り、杜(もり)のみやこだった。北郊のボウ山から木の間隠れに都の灯が光りかがやいて見えた。八景の一つ「ボウ山晩眺」がそうである。

 岡山市日中友好協会は洛陽市と協働し、その緑化事業プロジェクトを立ち上げている。今般、黄河の小浪底(しょうろうてい)村で植樹し、記念桃園が開かれた。これは日中緑化交流基金の助成によるものだが、岡山の白桃がこの地で花開き、実を結べばうれしい。

 当地の林業局や農民、岡山の訪中人士、高校生が共に汗を流す。黄砂が招かざる客塵であれば、つまりは緑化しかない。洛陽の杜氏が造った銘酒「杜康酒」を桃園で飲める日が近い。(会理事 宮本 光研)

名勝後楽園で中国三誌友の会を開く                   友の会代表 小路 廣史
 4月19日第158回例会を19名が参加し、後楽園内の茶室・簾池軒で開催した。当初は、桜の季節なので、恒例の5月親睦旅行を四月に繰り上げて、新庄村の凱旋桜行きを計画したが、バスで遠距離の日帰りは疲れるとの意見もあり、急遽最短距離の後楽園に変更した。

 当日は好天に恵まれ、園内は新緑に萌え、茶室から見渡す皆さんは大名気分、昼食は名物となった後楽園幕の内弁当[お庭育ち]を賞味した。

 昼食後、例会議題に入って岡本さんの協会行事、人民中国誌4月号読後の感想に続いて、過日来日した中国首相の話題から、日中友好の過去・現在・未来まで談論風発、この日は岡山理科大学の太田教授も参加され、熱気に包まれた議論に借用の3時間はいつの間にか過ぎてしまった。

 また綾野さんが持参の茶葉で中国茶のお点前があり中国談義へ大いに興を添えた。

 散会後は三々五々、園内の散策、開催中の岡山城の展覧会場へ、オリエント美術館へ。また喫茶店で例会の余韻を楽しむ人々など、会場の地の利を生かして行動を、皆さん春のひとときを存分に楽しんだようだった。

ちょっとチャット(43)「洛陽・白馬寺の釈印楽方丈さま」           協会会員 牛田 和子 
 山門を入ると、同行者の中からため息とも感嘆の声ともつかないものが聞こえました。視線の先には黄土色の僧服を素敵に身にまとい、日に焼けた小顔に真っ白い歯が印象的で清潔感溢れる若い僧が、長い僧服の裾を風になびかせてにこやかにこちらに近づいてくるではありませんか。私の耳もとで、「ほら、あの方、あの方。ね、素敵でしょ。この方に会えるので、ここまできたのよ。」

 じつはその数日前、私は5月11日「岡山市日中友好協会友好訪中団」の一員として岡山空港を発ちました。上海、北京を経て翌日はバスで北京の北東にある承徳に向け、悠々とした大地を走ること4時間。街のほぼ半分を占めている避暑山荘は、起伏に富んだ山や武列河や湖を背景に中国建築の粋を集めた建造物と柳をはじめ多くの樹木が互いに引き立てている風向明媚なところです。清の皇帝が蒸し暑い北京の夏を避け、5月から9月までここで政治を行っていたといわれ、中国で現存する最大の豪壮な清の皇帝の離宮(世界遺産)は、想像を超えたスケールでした。途中、万里の長城の金山嶺に立ち寄り、今回の目的である「日中友好桃園」の開幕式、引き続き炎天下のなかで現地の人の協力を得て植樹を行い、洛陽市の熱烈歓迎の一環として白馬寺を訪問したのでした。

 印楽方丈さまは片岡団長、川野さん、松井さんと親しく言葉を交わされ、私たちを寺の中に招き入れました。みずみずしいスイカをごちそうになりながらの歓談でした。白馬寺は仏教伝来の源と云われ、西暦68年に建立された中国でもっとも古い仏教寺院。その由緒ある寺に入山されたのが30歳すぎ、弱冠38歳のときには上座につかれ、数年後には白馬寺のトップに就任されたということなので、40代はじめの初々しさに、すっかり心奪われたのでした。終始さわやかな笑顔で団員一人ひとりに接してくださっている光景は、中国四千年の歴史のなかに新しい中国を見ているようで、いまもはっきり脳裏に浮かびます。

 街には、高速道路ができ、車があふれ、あたらしい高層ビル群の谷間には伝統的な中国建築が見え隠れしています。その中に暮らす人々、公園で太極拳に興ずる人々、ホテルやレストランで働く人、ガイドさん、そして今回の訪中団を受け入れてくださった洛陽市人民対外友好協会の方々の変わらぬ人情と素朴な人柄に感銘を受けています。それは多分、古き良き時代の日本にもあったものです。私たちが生きてきた日本で、この50年くらい大きく社会が変化した時代はないのではないかと云われるくらい、いま世の中は混沌としています。新聞は、ほぼ毎日のように、悲惨な事件を伝え、殺伐とした気持ちになります。

 そんなとき、優しさをこめ真直ぐ前を見て語りかけていらっしゃる印楽方丈さまの写真から、生きる力を感じています。
 今秋、方丈さまは来日のご予定があると聞き、楽しみにしているところです。

活動日誌
4/11 洛陽派遣研修生出発
4/19 中国三誌友の会158回定例会、後楽園簾池軒で開催
4/25 会報「岡山と中国」184号発行
4/21 第2回理事会
5/11

協会訪日団18名洛陽植樹の旅へ

会員消息
【入会】
渇ェ山情報処理センター(岡山市本町)
赤木忠厚さん(岡山市西市)
宇高千恵子さん(岡山市瀬戸町)
【お悔み】
河田義夫さん(岡山市幸町)

第12回日中友好ボウリング大会(6月30日両備ボウル)
 恒例となりました日中友好ボウリング大会を今年も開催致します。年齢、性別、経験の有無を問いません。今年も両備ボウルのご協力で、シューズ代無料の上、2ゲーム楽しんで600円。表彰式を兼ねた親睦会もあります。
日 時…6月30日(土)14時〜16時
場 所…両備ボウル(当日直接お越し下さい)
     岡山市桑田町     231−6215
参加料…600円(2ゲームと親睦会費) *当日お持ちください
お申込…6月25日(月)までに協会へお電話下さい。(当日の申込は出来ません)

先憂後楽
 承徳の小ポタラ宮に参観したとき、子どもたちが競い合うようにゴミ箱をあさり、ペットボトルを拾い集めていた。それを見ていた中国人観光客が『1個1毛銭、10個1快銭……』と嘲笑とも哀れみともとれるような顔で話していた。こういった光景は中国各地で見られる。

 沿岸部と内陸部、都市と農村、職業によってどれくらいの格差が生じているのだろうか。先日岡山大学の留学生から聞いた情報では、中国人留学生が帰国して上海で外資関係の企業に勤めたとすると、12,000元(約20万円)くらいはあり、その他に通勤費や出張旅費など会社費用で払ってくれるという。一方、先日訪問した、洛陽の孟津県で、林業局職員の給与を聞いたが約1,200元(約2万円)程度だった。貧農地区の農民などの年収では2,000元くらいのところもある。

 ただ、今の中国にとって格差は逆に国としての強みになっている気がする。沿岸地の給与が上がれば、内陸や秘境へといけばいくらでも安い賃金で働く人がいる。年々増加している日本への研修生も同じで、上海の人は研修には来ないが近くの江蘇省無錫や張家講からは多く岡山へ縫製の研修生が来ている。上海と近隣の江蘇省でさえ大きな格差が生じている。

 その研修生ビジネスが盛んだ。全国の友好協会の中で、愛知や三重などでも100名単位の研修生受入れ機関となって、小規模企業へ斡旋している。中国の各地の送り出し機関も熱心だ。『どんな職種でも何人でもすぐに優秀な人材を送ります』というセールストーク。『お宅の協会でもやりませんか。日中双方にニーズがあるのだからやるべきです』と強烈な誘いが来る。

 格差とビジネスと友好交流と、いささか混乱してきた。(松)

アジア・コム旅遊消息
いよいよ!岡山〜大連〜北京便就航!
7月28日より岡山から直行便で大連へ運行します。中国へ2本目の定期路線、ぜひご利用下さい。  

岡山 14:30 〜 15:30 大連 16:30 〜 北京 17:30
北京 08:30 〜 09:30 大連 10:30 〜 岡山 13:30
毎週火・土運行予定 (認可申請中!) ●料金等はお問合せ下さい●

第18回福祉の翼訪中団
☆ 今年も福祉の翼の季節になりました。 ☆
  2007年8月21日(火)〜24日(金)
 上海市特殊教育センターや老人福祉施設を訪問、交流します。 その他、上海の市内観光も!!

お問合せは…
潟Aジア・コミュニケーションズ 国土交通大臣登録旅行業第1816号  日本旅行業協会正会員
〒700-0902 岡山市錦町5-15 南田辺ビル4階 http://www.asicom.co.jp
TEL(086)231-0334 FAX(086)225−5041

「岡山と中国」ご希望の方にはご郵送いたします。  
また、ご入会いただくと、毎月お手元へお届けいたします。入会案内をご覧ください。


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